意思決定支援へ 寄稿

医療・診療同行時における意思決定支援

はじめに

自分に関することを決める権利は、障害の有無に関わらず本人自身のものであるということは、誰も否定できないことだと思います。だとすると、知的や精神に障害のある人を支援する人々が、たとえ善意に基づくものであったとしても、本人に関することを本人の代わりに決めても、その効果が本人に及ぶものでないことをまず確認しておく必要があります。例えば、支援者が本人のために良かれと思って、本人に代わって本人の名で、どこかしらの業者と何かの契約をしたとしても、本人が当事者としてその契約上の義務(代金を支払う義務など)を負うことはないですよね。考えてみれば当然と言えば当然のことなのです。ここまで極端なことではないにしても、本人以外の誰かによって、本人に代わり本人に関することを決められている日常があることも歴然とした事実ではないでしょうか。

一方で、代行決定が原則認められないということを強調しすぎると、今回のメインテーマにする本人の意思決定支援にとって必要な「代弁(これも法律用語ではない)」行動まで萎縮させてしまうのではないかと危惧しましたので、あえてこの投稿を行いました。前置きが少し長くなってしまいましたが、用語の使用法を先に確定させておかなければ誤解を招くことになりかねませんので、お許しください。

なぜ医療の現場を問題とするのか

診察室や相談室で本人が向き合う相手は、その道の専門家です。知的や精神に障害のある本人が、対等の立場で医師に対して自分の症状や処方薬の効能、治療の見通しなどについて質問することや、医師からの説明を理解して聞き取ることは、不可能といって過言ではありません。

あまり意識されていないかもしれませんが、医療受診は本人と医療機関の間の契約(診療契約)そのものです。患者には、担当する医師から説明を受ける権利(治療内容、処方薬の効用・副反応などについて知る権利)はもとより、治療内容について変更を求める権利や医師から提示される医療行為を断る権利があります。もし、知的や精神の障害のために契約の当事者として自らの権利を行使することが困難な場合、同行した支援者が「本人の意思を尊重して、私は口を出しません」と言わんばかりに引き下がっていたらどうなるでしょう。本人は、一人で専門家の前に置き去りにされてしまいます。力の差が歴然とある場面で、支援すべき人を一人にして、ただ黙って見守るだけでは何のための同行支援なのですかと言いたくなってしまいます。

代弁とは何か

代弁は、本人の代わりに何かを決めることではありません。本人が持っている権利を自身で行使できない場面で、本人に代わって本人に関することを本人が決めることができるよう支援すること、意思決定支援そのものだと言えます。

医師には、患者に対して行う医療行為について説明する契約上の義務があり(医療法では努力義務にとどまっていますが、最高裁判所は診療契約上の説明義務を認めており、実務上はmustな義務と考えて差し支えありません。)、2024年4月からは、医療機関でも障害のある人への合理的配慮が法律上の義務として明記されています。

知的障害のある人にとっての知る権利とは「本人が解る形での知る権利」です。「本人に解るように説明してください」は、お願いではなく、医療機関が負っている義務の履行を求める言葉です。医学の知識は必要ではありません。医師と対等な専門職として振る舞う必要もありません。同行者が医師に対して質問・確認を行う根拠は、支援者の経験でも肩書きでもなく、本人の権利を代弁することにあります。「本人に説明されるべきことが、まだ説明されていない」このことだけで、支援者は本人に代わって医師に説明を求めるべきですし、躊躇はいりません。

STOMPという指針

特に精神科受診の際に処方される向精神薬(長期間の服薬)について、何をどう聞けばよいのか分からないまま、ずるずると向精神薬の併用・過剰処方に繋がっている例を私は、数多く見聞きしてきました。多くの同行支援者も、心の中では疑問に感じつつも、何も口にすることができないでいるのではないかと思います。その原因は、医学知識もない自分が何か口にすることは越権行為ではないか、ここで口を開けば医療機関との関係性が悪くなってしまうのではないかという疑問・懸念かもしれません。

しかし、ここには頼りになる指針があります。イギリスの国民保健サービス(NHS England)が2016年に始めたSTOMP(Stopping Over-Medication of People with a learning disability, autistic people or both)です。知的障害のある人や自閉的な人への向精神薬の過剰処方を止めるための全国的な取り組みで、イギリスの調査では、知的障害のある人は一般の人の十数倍、抗精神病薬を処方されやすいとされています。しかも多くの場合、十分な見直しのないまま長く続き、家族や支援者に情報が届いていない。これは個々の不運ではなく、構造的な問題として国のレベルで認識されているものです。

STOMPの原則は次の三つの言葉に集約されます。

正しい理由で、最低用量で、最短期間で。

強調すべきは、STOMPが薬を否定する運動ではないということです。薬が必要な人には、正しい理由で、必要な量を、必要な期間だけ使う。そして定期的に見直すというものです。これに反対できる医師はいないはずです。医師自身の専門的な良心と一致するからです。

避けるべきなのは、「薬を減らせませんか」「薬が心配です」等と、投薬を否定しているとも取られかねない質問を投げることです。それでは医師との対話ができないばかりか、医師は心の中で「こいつは何もわかっていない」という思いを抱かせ、果ては「誰がそんなことを言っているのか」というお叱りの言葉が返ってくることに繋がりかねません。代わりに、次に示す5つの質問を行うようにしてください。

医師に尋ねる5つの質問

まず質問の始めに、「持ち帰って他の支援者とも共有する必要があるので、いくつか教えてください。」から始めます。

  1. この薬は、本人のどのような状態を改善させるものですか。
  2. 今の投薬の量となっている理由を教えてください。
  3. 良くなっているかどうかについては、何で判断されますか。
  4. 投薬を続けられる期間、次の見直し時期を教えてください。
  5. 投薬を止める判断の基準を教えてください。

以上の5つの質問は、専門的知識がなくても誰にでもできるものであることの他、医師の説明責任を促すものです。医師がこれらに答えられないなら、それは同行者の問いが間違っていたのではなく、処方の根拠が明確でない不適切な診療行為が行われていることに他なりません。また、その場で十分な回答が得られないときは、まず診療情報提供書などの書面で説明を求めたり、相談支援専門員や看護職を交えて改めて聞く機会を作ったりすることを試みてください。それでも回答を拒否するような医師であれば、関係者と相談(もちろん本人も交えて)のうえ、転院を検討すべきです。

見て、記録し、本人に返す

5つの問いは、答えを受け取って終わりではありません。「この薬が何を良くするためのものか」ということを医師から聞くことで初めて、支援者にとって、これから本人の何を観察すればよいかがはっきりするはずです。分からなければ、医師に「これから本人のどのようなことを観察すれば良いですか?」と聞くこともできます。特に服薬後に現れる本人の異変や状態変化の記録と相まって、次の受診時に医師に提供できる情報を整理することができるはずです。聞いて、観察して、次回受診時に提供する。この繰り返しこそが同行支援する目的であると言っても良いはずです。

観察で大切なのは、効果より弊害というか副反応的な状況の方です。日中の眠気、便秘、動作の緩慢さ、食べにくさ、ふらつき、体重の変化等は生活の場でしか見えません。これら負の変化を医師に報告しなければ、治療や服薬の見直しに繋がることもなく、ただ、これまでどおりの投薬が続くことになります。

中でも「体が重い」「眠い」「頭がぼんやりする」は、本人にしか分からない一番確かな情報です。本人とのコミュニケーションの大切さはいうまでもありません。観察した結果は本人とも相談しながら、本人の体感と突き合わせる。本人は観察される側であると同時に、いちばんの情報発信者です。

観察は、印象ではなく現実の行動と回数で記録します。「落ち着かない」ではなく「何時に何をしていた」。職員の負担が減ると「落ち着いた」と書きたくなりますが、事実としての記録にしてください(例えば、これまでは夜なかなか寝付けなかったが、就寝後○○分ほどで眠れるようになった・・とか)。そして、職員側の事情、人手が足りない、夜間の対応が続いている、担当が変わった、といったことも隠さず記録し、医師に伝えます。それを隠して「本人が不安定」と記録してしまったら、その瞬間から支援者側の都合が本人の症状にすり替わります。

「いやだ」を意思として扱う

障害のない人が検査を断れば、それは意思として尊重されます。知的障害のある人が同じことをすると、「分かっていないから」として説得の対象になりがちです。同意のときは能力を問わず、拒否のときだけ能力を問う。このダブルスタンダードに気づいていることが大切で、同行者の姿勢の要になります。本人が「いやだ」と言ったら、それを本人の意思として医師に伝えなければなりません。なぜ嫌なのか、医療行為を拒否する権利があることを再確認しながら、医師と相談することが大切です。

代弁には守るべきことがあります

受診の前に、本人と話す。何のために受診するのか、医師に何を聞くのか、どんな結果がありうるか。本人の意向を先に聞いておく。代弁は、本人の意向を知らなければできません。

その場で、本人の隣に座る。医師の説明が支援者に向いたら、本人に向けて「本人に解るように」話してもらう。本人の代わりに口を開くのは、本人が口を開けない部分だけです。本人が話せることは本人が話す。分からなければ、その場で聞き直す。

終わったら、本人に返す。医師が何を言ったか、どんな選択肢があったか、これからどうするかを、本人に分かる形で伝える。記録は、本人の言葉と支援者の言葉を分けて書く。「本人了承」とだけ書いた記録は、後から何も確かめられません。

そして、本人が「もういい」と言えば、そこで止まる。代弁は、本人のためにあるからです。

最後に

本人の代わりに決めることは原則認められないと最初に書きました。今もそう思っています。それでも、力の差が歴然とある場面で本人を一人にしないためには、誰かが本人の権利を代弁しなければならない。それを引き受けるのが同行者です。後ろに下がることが本人の意思を尊重することではありません。正しい理由で、最低用量で、最短期間で。この言葉を持って、胸を張って、本人の隣で声を出してください。

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