AIに何か聞くと、たいてい、よくできた答えが返ってきます。見出しがあって、箇条書きがあって、最後には「まずやること」のリストまで付いている。読んでいて、安心します。
でも、よくできた答えほど、まちがいに気づきにくいのです。
この企画「AIの答えに赤ペン」では、福祉の現場でよく出る質問をAIに投げ、返ってきた答えを原文のまま載せます。そして、条文や国の資料に当たりながら、赤ペンを入れていきます。AIを笑うための企画ではありません。AIの答えを、どこで疑えばいいのか——その目を、一緒に育てるための企画です。
ここに書いたことは、一般的なしくみの説明です。年金・手当・相続・生活保護は、ご家庭の事情で結論が変わります。具体的なことは、年金事務所、市区町村の障害福祉の窓口、福祉事務所、専門職(弁護士・司法書士・税理士など)に確かめてください。条文と資料は、2026年9月23日に照合しました。
赤ペンの記号は、4つだけ
- ◎正しい。このまま使える
- △惜しい。言葉足らず・一面的
- ✕誤り、または古い
- +AIが言わなかった大事なこと
いちばん大事なのは「+」です。AIのまちがいより、AIが言わなかったことのほうに、現場の知恵が出ます。
場面
80代のお母さんから、こんな相談を受けたとします(架空の場面です)。
息子は40代で、知的障害があります。障害年金をもらいながら、私と二人で暮らしています。私に何かあったら、息子の年金やお金はどうなるんでしょう。
聞いてみた
親が亡くなったら、知的障害のある子の年金やお金はどうなりますか?
使ったAIは Gemini(Google Workspace の有料プラン、2026年9月23日)。返ってきた答えの全文は、この下に畳んであります。ここから先は、段落ごとに区切って赤ペンを入れていきます。
Geminiの答え(全文・原文のまま)
親が亡くなった場合、知的障害のあるお子さんの年金やお金(遺産等)は 「本人の手帳や年金の権利」 と 「管理・受給の仕組み」 の2つの側面から変わっていきます。
1. 年金や手当はどうなる?
① 子本人の「障害年金」
- 原則としてそのまま継続 されます。障害年金は「子本人の権利」として支給されているため、親の死亡によって支給が打ち切られることはありません。
- 注意点:
- 振込口座が「親名義の口座」になっている場合は、口座が凍結されて引き出せなくなるため、速やかに 「本人名義口座」への変更手続き が必要です。
- 毎年の現況届や更新手続きを誰かが代行・サポートしないと、受給が一時停止してしまうリスクがあります。
② 各種手当(特別障害者手当、自治体の福祉手当など)
- 世帯主の変更や同居家族の所得状況(扶養・世帯分離など)が変わることで、支給額の変動や減額・停止 が起きるケースがあります。
- 市役所や区役所の障害福祉窓口で、世帯変更に伴う各種手当の再判定・変更手続きを行う必要があります。
③ 亡くなった親からの「遺族年金」
- 親が厚生年金等に加入していた場合、一定の要件(18歳以上でも障害等級1級・2級に該当しているなど)を満たせば、子どもが 「遺族厚生年金」を受給できる可能性 があります。
2. 親の遺産(預貯金・不動産)やお金の管理はどうなる?
障害のある子本人が自分で金銭管理や相続の手続き(遺産分割協議)をすることが難しい場合、以下の点が問題・解決策となります。
① 遺産分割協議と「成年後見制度」
- 親の遺産を分ける際、相続人全員での協議が必要です。本人が単独で判断できない場合、本人に代わって契約や手続きを行う 「成年後見人(弁護士や司法書士、信頼できる親族など)」 を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。
② 「親なきあと」のお金を守る備え
生前に親側で準備しておくことで、残された資産を安全に子どもの生活費に充てることができます。
- 遺言書の作成: 「障害のある子に多く遺産を残す」「遺言執行者を指定しておく」ことで、親亡き後の遺産分割トラブルを防ぎます。
- 家族信託: 信頼できる親族や専門機関に財産を託し、子どもの生活費や施設費用として毎月一定額を給付させる仕組みを作ることができます。
- 障害者扶養共済制度(しょうがい共済): 保護者が存命中に毎月掛金を支払うことで、保護者の死後、子どもに対して一生涯月額2万〜4万円(1口〜2口)の年金が給付される公的制度です。
親が亡くなった直後の初動対応リスト
- 生活の継続確認(最優先)
- 食事・服薬・通院・見守り体制の確保。
- 担当の 相談支援専門員 や利用中の 施設・事業所 へ直ちに連絡する。
- 通帳・振込先の確認
- 子どもの年金受給口座が親名義になっていないか確認する。
- 行政・年金事務所への相談
- 市区町村の障害福祉窓口(手当や受給者証の変更)
- 年金事務所(受給口座変更・未支給年金・遺族年金の確認)
赤ペン ― 年金と手当
原則としてそのまま継続 されます。障害年金は「子本人の権利」として支給されているため、親の死亡によって支給が打ち切られることはありません。
正しいです。最初に、いちばんの不安を解いてくれています。障害基礎年金は本人の年金です。
振込口座が「親名義の口座」になっている場合は、口座が凍結されて引き出せなくなるため、速やかに 「本人名義口座」への変更手続き が必要です。
前提がずれています。年金の受取口座は、もともと本人名義でなければ登録できません(日本年金機構の届出の記入例に「口座名義(本人名義)」とあります)。現場で本当に起きるのは、「口座は本人名義だけれど、通帳も印鑑もカードも親が持っていて、暗証番号も親しか知らない」という状態です。問題は凍結ではなく、明日から誰がお金を出し入れするかです。
毎年の現況届や更新手続きを誰かが代行・サポートしないと、受給が一時停止してしまうリスクがあります。
古い、または不正確です。日本年金機構は住民基本台帳ネットワークで生存を確かめているので、毎年の現況届は、住基ネットで確認できない人だけが出すものです。気をつけたいのは、障害の状態に応じて必要な年に届く障害状態確認届(診断書)のほう。誕生月の3か月前の月末に届き、遅れると年金の支払いが一時止まることがあります。これを親が管理していたご家庭は、きっと多いはずです。
世帯主の変更や同居家族の所得状況(扶養・世帯分離など)が変わることで、支給額の変動や減額・停止 が起きるケースがあります。
一面的です。特別障害者手当には、本人だけでなく、配偶者や「生計を維持する扶養義務者」の所得による制限もあります(特別児童扶養手当等の支給に関する法律26条の5が21条を準用)。親が亡くなって、この所得制限にかかっていた人がいなくなると、かえって受けられるようになることもあります。止まる話だけでは、片手落ちです。
親が厚生年金等に加入していた場合、一定の要件(18歳以上でも障害等級1級・2級に該当しているなど)を満たせば、子どもが 「遺族厚生年金」を受給できる可能性 があります。
この答えで、いちばん危ない一行です。子として遺族厚生年金を受けられるのは、18歳になった年度の3月31日まで、または障害等級1・2級なら20歳未満までです(厚生年金保険法59条1項2号。遺族基礎年金も国民年金法37条の2で同じ)。「18歳以上でも」は18歳と19歳にしか当てはまりません。親なき後で問題になるのは、たいてい成人した子です。40代の息子さんのための生活設計を、遺族年金を当てにして立ててしまったら、そこから崩れます。書き方がもっともらしいぶん、信じてしまいやすい誤りです。
赤ペン ― 相続とお金の守り方
本人が単独で判断できない場合、本人に代わって契約や手続きを行う 「成年後見人(弁護士や司法書士、信頼できる親族など)」 を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。
言葉足らずです。遺言で分け方が決まっていれば、遺産分割の話し合い自体が要らないこともあります(答えの後半で遺言に触れていますが、ここにつながっていません)。そして今の制度では、成年後見は一度始めると、遺産分割が終わっても原則として本人が亡くなるまで続き、報酬もかかり続けます。「必要です」と言い切る前に、この重さは伝えるべきです。
2026年6月に成立した民法等の改正(令和8年法律第45号)で、成年後見制度は「補助」ひとつにまとめられ、遺産分割のための権限だけといった、必要な分だけを家庭裁判所が認める形になります。必要がなくなれば、途中で終わることもできるようになります(改正後の民法7条・12条)。ただし施行は2028年12月までの政令で定める日で、今はまだ、これまでの制度のままです。くわしくは、トピック「成年後見制度はこう変わる」をどうぞ。
遺言書の作成: 「障害のある子に多く遺産を残す」「遺言執行者を指定しておく」ことで、親亡き後の遺産分割トラブルを防ぎます。
多く残すことが、本人のためになるとは限りません。とくに本人が生活保護を受けている場合です。預貯金を相続すると、それを生活に使うことが先になり(生活保護法4条)、保護が止まったり、終わったりすることがあります。しかも相続は亡くなった時に始まり、遺産分割の効力もその時にさかのぼるので(民法896条・909条)、分割が済む前でも、亡くなった日以後に受けた保護費の返還(生活保護法63条)を求められることがあります。一方、住んでいる自宅や、売ろうにも売れない不動産は、持ち続けることが認められる場合があります(保護の実施要領)。
そして、ここが大事なところです。下の扶養共済の年金は、生活保護の収入として数えないことになっています(同)。残すべきなのは、お金の額より、お金の残し方です。
家族信託: 信頼できる親族や専門機関に財産を託し、子どもの生活費や施設費用として毎月一定額を給付させる仕組みを作ることができます。
仕組みとしては、そのとおりです。ただ、現場の壁は「託す相手(受託者)を引き受けてくれる人がいない」ことです。そして信託はお金を守ってくれますが、暮らしを見守ってはくれません。
障害者扶養共済制度(しょうがい共済): 保護者が存命中に毎月掛金を支払うことで、保護者の死後、子どもに対して一生涯月額2万〜4万円(1口〜2口)の年金が給付される公的制度です。
正しいです。1口で月2万円、1人につき2口まで。加入できるのは、保護者が加入する年度の4月1日時点で満65歳未満の場合です。受け取る年金に所得税はかかりません(福祉医療機構の案内)。⑦の赤ペンとあわせて読むと、この制度の値打ちがよく分かります。
生活の継続確認(最優先) 食事・服薬・通院・見守り体制の確保。担当の 相談支援専門員 や利用中の 施設・事業所 へ直ちに連絡する。
このまま使えます。お金より先に暮らしの継続、という順番も正しいです。
AIが言わなかったこと
答え全体が、お金と手続きの話だけでできています。お母さんが亡くなったことを、息子さんに誰がどう伝えるのか。その悲しみを、誰が受け止めるのか。住まいはどうなるのか——お母さんの持ち家か、賃貸か、グループホームか。現場で最初にぶつかるのは、実はここです。
ひとことで言うと ―「半分使える」
全体の流れと、最後の初動リストは優秀です。でも、⑤の遺族年金の誤りは、生活設計そのものを狂わせかねません。よくできた答えほど、一行の誤りが目立たない。だから赤ペンが要ります。
現場なら、こう聞く
赤ペンを踏まえて、聞き方を直すとこうなります。
40代で知的障害のある子が、障害基礎年金を受けて親と暮らしています。親が亡くなったら、年金・手当・相続・生活保護・住まいがそれぞれどうなるか、20歳以上の子に当てはまることだけを教えてください。それぞれ、根拠になる法律や国の資料の名前を添えて、分からないところは「分からない」と書いてください。
そして、答えが返ってきたら、もう一言。「ほかに気をつけることはありますか?」——この一言で、AIが言わなかったことの多くが出てきます。
最後に、正直な話を一つ
この記事の赤ペンは、実は、別のAI(Claude)に下書きさせたものです。そのうえで、条文と国の資料に一つずつ当たりました。
すると、赤ペンのほうにも、まちがいが見つかりました。現況届が要らなくなった理由を、Claudeは最初「マイナンバーの連携」と書いていましたが、日本年金機構の案内では「住民基本台帳ネットワーク」でした。成年後見についても、「一度始めるとやめられない」という赤ペンは、改正法が成立したことを踏まえて、「今はそうだが、2028年までに変わる」に書き直しています。
AIの答えをAIに点検させても、最後は、原文に当たる。この企画は、そのことを確かめる場所でもあります。
質問した日:2026年9月23日 使ったAI:Gemini(Google Workspace の有料プラン)
照合した資料:厚生年金保険法59条、国民年金法37条の2、特別児童扶養手当等の支給に関する法律21条・26条の2・26条の5、民法7条・12条(改正後)・896条・909条、生活保護法4条・63条、生活保護法による保護の実施要領(次官通知)、日本年金機構・福祉医療機構の案内
次の再挑戦:2027年3月ごろ、同じ質問をもう一度。答えがどう変わったかを記録します。
続きの第2回では、同じ質問を、検索だけのAI、ふだん使いのAI、そして「条文で確かめて」と一言添えたAIに聞き比べ、赤ペンの数がどう変わるかを数えました。
「この質問、AIに聞いたらどうなる?」というギモンがあれば、お問い合わせフォームから教えてください。次の赤ペンの題材にするかもしれません。