保険金を、一度に渡さない 生命保険信託という道具の使いどころ
― 親が亡くなったあと、保険金はだれが配るのか ―
保険金は、一度に届く
親なき後の備えとして生命保険を考えるとき、多くの親御さんが同じ壁にぶつかります。保険に入れば、自分が亡くなったあとにお子さんへお金を残せる。ところが、そのお金は一度にお子さんの口座へ入ります。お金の管理が得意でないお子さんの口座に、ある日突然、一千万円が入る。使い道を決めるのも、悪意のある人から守るのも、本人だけでは荷が重すぎます。
「保険金を、一度に渡さず、少しずつ届けてほしい」。この願いに応えるために作られた道具が、生命保険信託です。今日はこの道具を、できるだけ平たく、図を使って説明します。便利な道具ですが、万能ではありません。できないことも、同じ調子で書きます。
1. 仕組み ― 保険金に「配達係」をつける
生命保険信託は、ふつうの生命保険に、信託銀行という「配達係」をつけた仕組みです。登場人物は4人です。
- 親が保険会社と生命保険の契約を結び、保険料を払い続けます。ここまではふつうの保険と同じです。
- 親が信託銀行と「信託契約」を結び、死亡保険金の受取人を信託銀行に変えます。契約には「毎月◯万円ずつ」「本人が亡くなったら残りは妹に」といった配り方を書きます。
- 親が亡くなると、保険会社は保険金を信託銀行に支払います。
- 信託銀行は、親が決めたとおりにお子さんへお金を届けます。
- 急な出費があったときは、あらかじめ決めておいた「指図権者」が、領収書を添えて信託銀行に請求します。
この仕組みの特徴は、元手が「死亡保険金」だという点です。家族信託や特定贈与信託は、今ある財産を先に預けて始まります。生命保険信託は、親が亡くなって初めてタンクに水が入ります。すでに生命保険に入っている方なら、その契約に信託を後から付け加えることもできます。
信託銀行は、几帳面な配達係です。頼まれたとおりに、頼まれた日に、頼まれた額を届けます。ただし、玄関先で「今日は元気?」とは聞きません。この性格の話は、あとでもう一度出てきます。
2. 対象となるものは ― 死亡保険金のある生命保険契約
対象となるのは、死亡保険金のある生命保険契約で、保険契約者と被保険者が同じ人(つまり親が自分自身に掛けている保険)のものです。医療保険や年金保険は対象になりません。信託するのは死亡保険金の部分だけで、同じ契約に付いている入院給付金や高度障害保険金は、これまでどおり親が受け取ります。
取り扱っている会社は、2026年10月の時点で3つの組み合わせだけです。
| 信託銀行・信託会社 | 窓口になる保険会社 | 保険金の下限 | 状況 |
|---|---|---|---|
| みずほ信託銀行 | 第一生命 | 原則1,000万円以上 | 受付中 |
| 三井住友信託銀行 | ソニー生命 | 1,000万円以上 | 受付中。東京・千葉・埼玉・神奈川のみ |
| プルデンシャル信託 | プルデンシャル生命、ジブラルタ生命 | 100万円以上 | 2026年11月1日から新規受付を一時停止 |
注意したいのは、最後の行です。100万円から使えて、全国で扱っていたプルデンシャル信託が、金利上昇などの経済環境の変化を理由に、新規の申込みを止めます(既に契約している方のサービスは変わりません)。これで、11月以降に新しく使える道は、保険金1,000万円以上の2系統だけになります。「数百万円の保険で、少しずつ届けたい」というご家庭には、当面、選べる商品がありません。
3. 届け方を決める ― 蛇口の開け方は3種類
生命保険信託の値打ちは、保険金を「どう渡すか」を親が生前に設計できる点にあります。
定例交付 「毎月5万円」「毎年4月に30万円」のように、決まった量を決まった時期に出す方法です。開始時期(保険金を受け取ってすぐ、またはお子さんが◯歳になってから)と終了時期を決められます。
随時交付 入院、引っ越し、冠婚葬祭。決まった量では足りない出費が起きたとき、請求書や領収書を添えて頼むと、その分だけ多めに出ます。頼めるのはお子さん本人か、親があらかじめ決めておいた「指図権者」です。
順番の指定 お子さんが亡くなったとき、残ったお金をだれに渡すか(第二受益者、残余財産帰属権利者)を決められます。きょうだいでも、お世話になった社会福祉法人やNPOでも構いません。ふつうの保険では、お子さんが受け取ったあとに残ったお金はお子さんの相続人に流れますが、生命保険信託では親が決めた順番で流れます。
この「指図権者」が、仕組みのかなめです。お金の管理が難しいお子さんの代わりに随時交付を頼む役で、きょうだい、後見人、信頼できる支援者が候補になります。親が亡くなったあと、信託銀行に声をかけられるのはこの人だけです。だれにお願いするかで、この道具の使い勝手が決まります。
4. お金と税金 ― 手数料は保険金の6〜7%、税は保険金と同じ
ここからは、お金の話です。
手数料は、契約したとき、保険金を受け取ったとき、預かっている間の3段階でかかります。プルデンシャル信託の場合、契約時5,500円、受取時に保険金の2.2%、その後は毎年2万2千円(いずれも税込)です。1,000万円を20年かけて届けると合計およそ66万円で、保険金の6.6%に当たります。みずほ信託は契約時5万5千円、受取時2.2%、毎年2万2千円に加えて運用報酬がかかります。「配達係を20年雇う費用」と考えると、高いか安いかは人によって判断が分かれるでしょう。保険金が少額だと、手数料の割合が重くなります。
税金の扱いは、思ったより単純です。生命保険信託は、税務上は「信託」ではなく「ふつうの生命保険」として扱われます(相続税法基本通達9の2-6)。親が亡くなった時点で、お子さんが保険金を受け取ったものとして相続税の対象になり、お子さんが相続人であれば「500万円 × 法定相続人の数」までは非課税です。相続人がお子さん1人なら500万円まで税金はかかりません。契約した時点や、信託銀行が預かっている間に贈与税がかかることはありません。
親が払う保険料は、受取人が信託銀行でも、実質の受取人であるお子さんが親族であれば生命保険料控除の対象になります(東京国税局の文書回答、平成22年12月13日)。
5. 気をつけたい点 ― 配達係は、玄関の中には入らない
便利な道具ですが、気をつけたい点が5つあります。
(1)親が亡くなったあとは、だれも契約を変えられない。 受益者も指図権者も、変更できるのは親だけです。親の死後に指図権者が先に亡くなったり、後見人が交代したりしても、新しい人を置くことはできません。プルデンシャル信託の契約では「委託者の死亡後は委託者の権限は全て消滅する」と明記されています。指図権者は2人まで置けるので、必ず予備を決めておく必要があります。みずほ信託の商品では、契約後は受益者の変更そのものができません。
(2)親に借金があると、保険ごと消えることがある。 親の債権者が保険の解約返戻金を差し押さえて解約すると、保険金はなくなり、信託も終わります。ふつうの保険なら、受取人になっている親族が返戻金相当額を払って契約を残す「介入権」を使えますが、受取人が信託銀行だとこの権利を使える人がいません。プルデンシャル信託の契約書は、この点を「損失の危険」として明記しています。借金のある親御さんは、先に借金の整理を考えた方がよい場面です。
(3)お子さんが生活保護を受けていると、届いたお金は収入とみなされる。 毎月5万円届けば、その月の保護費は5万円減ります。保護を受けているお子さんに生命保険信託を使うなら、定例交付は少額にして、医療費の自己負担や引っ越しのような、保護費で賄えない出費に随時交付を当てる設計が向いています。グループホームの家賃補助にも、預貯金の上限があります。一度に大きな額を届けると、補助が止まることがあります。
(4)保険料を払い続けられなければ、すべて消える。 保険が失効すれば信託も終わります。親の判断能力が落ちて払込みが滞る場面に、信託は備えてくれません。口座振替の確認や、任意後見の準備と組み合わせる必要があります。
(5)配達係は、玄関の中には入らない。 信託銀行が届けるのは「口座に入るお金」までです。届いたお金で食事を整え、体調の変化に気づき、本人の希望を聞いて使い道を一緒に考える人は、この仕組みの中にはいません。随時交付も、領収書があって初めて動きます。「今月は少し元気がないから、好きな外食に連れて行こう」という判断は、蛇口の先にいる人にしかできません。
6. 似た仕組みとの違い
同じ「親なき後にお金を届ける」道具でも、性格が違います。
| 比べる点 | 生命保険信託 | 特定贈与信託 | 家族信託 |
|---|---|---|---|
| 元手 | 死亡保険金 | 生前に預けた金銭・有価証券 | 生前に預けた金銭・不動産 |
| 配達係 | 信託銀行・信託会社 | 信託銀行・信託会社 | 親族など |
| 税の特典 | 保険金の非課税枠 | 贈与税が6,000万円(特別障害者)まで非課税 | なし |
| 届け方の自由度 | 定例交付と随時交付。契約後は固定 | 契約で決める | 配達係の裁量を広く設計できる |
| こんなときに | 死亡保険金を少しずつ届けたい | 生前に財産を移して贈与税を抑えたい | 信頼できる親族がいて、柔軟に動かしたい |
特定贈与信託は「相続税法21条の4」という条文で贈与税の非課税枠が決まっている制度で、生前に財産を移しておく設計に向いています。家族信託は、配達係を親族にできる分、柔軟ですが、その親族がいなければ組めません。生命保険信託は、すでに入っている生命保険をそのまま使え、配達係を親族に頼まなくてよい。この二つを備えた道具です。三つは並べて使うこともでき、どれか一つを選ぶものではありません。
7. 蛇口の先 ― それでも残る問題
ここまで読んで、「結局、配達係を雇えば安心なのか」と思われたかもしれません。正直に言えば、違います。
先の投稿「障害のある子に財産を遺すことは、なぜ有効に機能しないのか」で書いたとおり、問題はお金の貯め方や配り方ではなく、届いたお金を本人の暮らしに変える人が、制度上どこにもいないことです。生命保険信託は、保険金という貯水池に蛇口をつける道具です。蛇口の先にコップを持ってきて、本人に「何を飲みたい?」と聞く人までは用意してくれません。
それでも、この道具には役割があります。一度に大金を渡して本人を危険にさらすより、少しずつ届く方が、支援者にとっても扱いやすい。指図権者に信頼できる支援者を置けば、随時交付という蛇口を本人のために回す人を、仕組みの中に一人だけ組み込めます。万能ではないけれど、無いよりはよい。その程度の道具だと思っておいてください。
生命保険信託を検討するときに親御さんが決めておくことは、3つです。指図権者をだれにするか(予備も含めて)。お子さんが生活保護や家賃補助を受けているなら、定例交付をいくらに抑えるか。そして、蛇口の先で本人のそばにいる人を、だれに頼むか。最後の一つだけは、信託銀行の窓口では扱っていません。
相談先
- 商品の内容と申込み:各保険会社の担当者(信託契約の媒介窓口)
- 税金:税理士、または所轄の税務署
- 生活保護・家賃補助との関係:お住まいの市区町村の福祉事務所、相談支援専門員
- 指図権者・後見との組み合わせ:弁護士、司法書士
参考資料
- 東京国税局 文書回答事例「保険契約者が死亡保険金請求権を信託財産とする生命保険信託契約を締結した場合の生命保険料控除の適用について」(平成22年12月13日)
- 国税庁 相続税法基本通達 9の2関係(9の2-6 生命保険信託)
- プルデンシャル信託「生命保険信託サービスの新規お申込み受付一時停止に関するお知らせ」(2026年9月1日)
- プルデンシャル信託 生命保険信託の費用
- みずほ信託銀行 生命保険信託(想いの定期便)商品概要
- 三井住友信託銀行「ソニー生命保険株式会社との信託契約代理業等の取扱開始について」(2017年2月17日)
- 最高裁判所 平成16年10月29日決定(死亡保険金と特別受益)
手数料・取扱条件は2026年10月20日時点の各社公表資料によります。契約内容は商品ごとに異なるため、申込み前に各社の最新の説明をご確認ください。この記事は一般的な説明であり、個別の税務・法務の判断に代わるものではありません。