「私は決して病気になりませんし、なれません」。
医療的ケアの必要なお子さんと暮らす、ある母親の言葉です。夜中のたんの吸引も、通院の付き添いも、体調の小さな変化に気づくことも、その多くを彼女が担ってきました。
この言葉で重いのは、後半の「なれません」のほうだと思います。「なりません」は決意ですが、「なれません」は、そうするほかに道がないという意味です。自分が倒れたら、明日の朝のケアをだれがするのか。その答えが見つからないかぎり、体調が悪くても、病院に行くのは後回しになります。
2027年4月1日、改正医療的ケア児支援法が施行されます。このコラムでは、法律の条文の細かな解説は詳しい解説記事に譲り、この改正によって、彼女が「病気になってもいい」と言える日に、どこまで近づけることができるのかに焦点を当てたいと思います。
1. 児童を卒業しても医療的ケア支援を受けられるようになった
2021年にできた医療的ケア児支援法は、名前のとおり「児」を対象とした法律でした。「医療的ケア児」とされるのは、18歳未満の子どもと、高校などに在籍している人です。この法律ができたとき、彼女のお子さんはもう成人で、はじめからこの定義の外にいました。支援センターに相談はできましたが、大人の相談は仕事と福祉サービスの利用に限られていました。保育園や学校での支えが整っていく様子を、彼女は蚊帳の外から見ていたことになります。
改正後は、医療的ケアが欠かせない大人も、年齢を問わず「医療的ケア児等」として法律の対象になります。重い知的障害と重い肢体不自由が重なる人も、「重症心身障害者」として対象に入ります。
さらに彼女にとって意味のある変化があります。日常生活の支援を定めた第11条に、支援の目的として「家族の身体的及び精神的な負担を軽減するため」という言葉が入りました。法律の目的を定めた第1条にも、「…家族が安心して暮らすことができる社会の実現」が加わっています。
改正前の法律にも、家族の支援や「家族の離職の防止」という言葉はありましたが、「負担」という言葉は記載されていませんでした。家族が抱えてきたものを、国と自治体が軽くすべきものとして明記しました。彼女のこれまでの日々を「負担」と呼ぶかどうかは、彼女自身が決めることです。それでも、その重さを家族だけのものにしてはいけないという方向(自助・共助→公助)に法律が変わろうとしていることが読み取れます。
同じ第11条は、家族の負担の軽減と並べて、本人の「地域社会における自立」を支援することも明記されています。法律の目的を定めた第1条にも、本人の「意思が最大限に尊重され」、地域社会で自立した生活を営めるようにすることが加わりました。このことは、お子さん自身が親がいなくても暮らしていける仕組み作りを行政に促すことになります。
2. 「病気になってもいい」に要るもの
母親が「病気になってもいい」と言えるには何が必要か。彼女の側に立って考えると、少なくとも次の3つの条件が揃う必要があると思います。
代わりにケアをしてくれる人
ひとつ目は、母親が入院したときに、お子さんを託せる先です。改正後の第11条は、一時的に預かるサービス、夜間に自宅で受けるサービス、通学などの移動の支援、そして重度訪問介護(ヘルパーが長い時間そばにいて、介護や見守りをするサービス)を、支援の中身として明記しました。母親が入院しても、お子さんが自宅等で暮らし続けるためのものです。あわせて、福祉の事業所に看護師などを置くことを進めるよう、国と自治体に求めています。
医療的ケアの必要な子を持つ母親が短期入所(ショートステイ)を利用しようとしても「看護師がいないので受けられない」と言われた、という声を聞くことがあります。看護師の配置を進めるという条文は、その場面への手当てとも読めますが、「預かる」という表現はいかがなものでしょう。たとえ重い障がいがあっても個人として尊重されるというのであれば、せめて「受け入れる」という表現に変えてほしいものです。
お子さんのことを知っている人
それでも、まだ足りないものがあります。お子さんの吸引のタイミング、体調が崩れる前のサイン、落ち着く姿勢。そうしたことを、母親のほかにも知っている人がいること。母親が倒れたその日に、初めての場所で、初めての人にケアを任せるのは、お子さんにとっても受け入れる側にとっても負担が大きいからです。
これは法律が直接つくれるものではありません。ふだんから受け入れ先を少しずつ利用し、顔なじみの人を増やしていくことで育つものです。法律にできるのは、そのための受け入れ先を地域に用意することまでです。
困ったときに相談できる場所
もう一つは、相談先です。今も医療的ケア児支援センターは、こども家庭庁の一覧(2026年3月時点)で47都道府県すべてに置かれていますが、大人になった人の相談は、仕事と福祉サービスの利用に限られていました。改正後は「医療的ケア児等支援センター」に変わります。都道府県に加えて、政令指定都市、中核市、東京23区も、センターを置けるようになります。
「もし私が倒れたら、この子はどこへ」。その問題を、元気なうちに相談できる場所ができるということになります。成人となったお子さんのことでも、ためらわずに相談してよい場所ができるということです。
3. 法律ができても、すぐには変わらないこと
しかし、この法律は、あくまでも国と自治体に「支援を用意しなさい」と求めるものに過ぎません。現時点では、彼女が「この法律があるのだから、短期入所を使わせてほしい」と求める権利まで認めるものではないと考えられます。受け入れ先や看護師が、施行の日に自動的に増えるわけでもありません。
実際に利用できる事業所などが増えるかは、これから決まります。令和9年度から始まる市町村の障害福祉計画で、短期入所やグループホームをどれだけ用意するか。障害福祉サービスの報酬の見直しで、医療的ケアのある人を受け入れる事業所がどう手当てされるか。それぞれの自治体が実際にセンターを置くかどうかということはどれも、まだ決まっていません。
それでも、これまでは受け入れ先がないことを訴えても、法律の上では「お子さんはもう大人だから」と、門前払いされかねませんでした。これからは、その声を上げることができるようになったのです。
4. 施行までに、ご家族が考えておくこと
「病気になってもいい」と言える日は、ある朝とつぜん来るものではありません。施行まで、残りは5か月あまりです。施行の前でも後でも、彼女のようなご家族が始められることを挙げます。
一泊からの練習。 母親が元気なうちに、短期入所を一泊から使ってみる。頼む先は、お子さんを担当している相談支援専門員か、市町村の障害福祉の窓口です。母親が急に倒れたときの受け入れ先も、そのとき一緒に計画に書いておいてもらうと、いざというときに慌てずにすみます。お子さんのことを知っている人を、一人ずつ増やしていく準備です。母親が休むためにお子さんを託すことは、お子さんを手放すことではありません。
断られた理由を書き留めておく。 受け入れを断られたら、その理由と日付を書き留めておく。「看護師がいない」「夜間は対応できない」。こうした記録は、市町村の障害福祉計画づくりで、具体的な材料になります。都道府県や中核市などは、地域の支援体制を話し合う協議会も置けるようになり、その構成員には本人と家族が書かれています。協議会が置かれれば、記録はそこにも届けられます。
記録がたまってきたら、それを持って相談に行く先もあります。都道府県の医療的ケア児支援センター(こども家庭庁のサイトに一覧があります)に、「私が倒れたときのこと」を相談しておく。施行後は、大人の相談も幅広く受ける窓口になると読めます。今の法律のもとでも、福祉サービスの利用についての相談は受けています。
そして、同じ立場の家族とつながること。ひと家族の声は「個別の事情」として受け止められがちですが、集まった声は「地域の課題」として届きます。改正法は、家族どうしが支え合う交流の活動を支援することも、国と自治体の役目にしました。
「私は決して病気になりませんし、なれません」。この言葉の「なれません」が、いつか「なっても大丈夫」に変わる。そのために、法律は足場を用意しました。その上にどんな支えを組み立てるかは、これからの計画と、そこに届く家族の声にかかっています。
この記事の時点について。このコラムは2026年10月26日時点の情報で書いています。施行は2027年4月1日で、いまのサービスは現行法のもとで動いています。センターを置く市、協議会の設置、計画の中身、報酬の見直しは、まだ決まっていません。冒頭の母親については、ご本人が特定されないよう、大まかな状況だけを記しています。
- 条文の新旧対照と詳しい解説:医療的ケア児支援法は大人も対象になる ― 18歳で切れない支援へ、2027年4月施行
- ご相談は お問い合わせ から
出典
- こども家庭庁 医療的ケア児等とその家族に対する支援施策(法律の概要、新旧対照表、公布通知、政令を掲載)
- e-Gov法令検索 医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(改正前)
- 衆議院 医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律の一部を改正する法律案(本文・附則)
- e-Gov 「障害福祉サービス等及び障害児通所支援等の円滑な実施を確保するための基本的な指針の一部を改正する件(案)」の概要(PDF)
※ 条文はこども家庭庁公表の新旧対照表と衆議院の法律案本文、改正前の条文は e-Gov法令検索によるもので、読みやすさのため一部を省略しています(省略箇所は「…」で示しました)。個別の事情については、原典をご確認のうえ、お住まいの地域の医療的ケア児支援センターや相談支援専門員にご相談ください。