「AIって、なんだか怖い」の記事で、こんな予告をしました。「仕事の情報や利用者さんの情報を入れるときの注意は、別の記事でしっかり扱う予定です」——今日が、その記事です。
福祉の現場でAIが本領を発揮するのは、実は「支援の相談ごと」です。記録の下書き、対応のヒント、ご家族への説明の言葉さがし。ところが、そこでみなさんの手が止まります。「利用者さんのことを、AIに書いていいんだろうか?」
その迷いは、とても正しい。そして答えは「ぜんぶダメ」でも「気にせずOK」でもありません。線引きを覚えれば、堂々と相談できます。覚えることは、実はひとつだけです。
大前提 ― AIチャットは「外部のすごく優秀な相談相手」
まず、AIチャットの正体を一言で。あれは自分のパソコンの中で完結する道具ではなく、インターネットの向こう側にいる相談相手 です。入力した文章は、AIを運営する会社のコンピューターに送られて処理されます。
だから判断の物差しはシンプルです。「社外の、信頼できるけれど部外者の専門家に電話で相談する」場面を思い浮かべる。その相手に話さないことは、AIにも書かない。それだけです。
外部の専門家に「利用者の〇〇さん(実名)が……」とは言いませんよね。でも「60代の男性利用者さんで、こういう場面で服薬を嫌がる方がいて」なら、普通に相談します。AIにも、まったく同じ作法でいい んです。
じゃあ、利用者さんの名前を出さなければ、支援の相談をしてもいいんですか? てっきり、仕事の話は全部禁止なのかと……。
全部禁止にしてしまうと、いちばん役に立つ場面で私を使えなくなってしまいます。合言葉はこうです——「相談の中身は具体的に、人物はぼかす」。困りごとの様子は詳しく書いていい。ただし、誰のことか分かる手がかりだけを消す。この置きかえを、これから練習しましょう。
入れてはいけないもの ― 「誰のことか分かる手がかり」
具体的に並べます。次のものは、利用者さん・ご家族・職員の別を問わず、AIに入れない と決めてください。
- 実名(フルネームはもちろん、珍しい名字だけでも)
- 住所・電話番号・メールアドレス(施設名+部屋番号のような組み合わせも)
- 生年月日・マイナンバー・保険証や手帳の番号
- 顔写真や、個人が写った画像
- そして見落としがちなのが 「組み合わせで特定できる情報」。名前を伏せても、「〇〇市の△△事業所に通う、車いすの20代女性」まで書けば、地域の人には誰か分かってしまいます。珍しい特徴は、相談に必要な範囲までぼかしましょう。
もうひとつ、種類の違う絶対NGを。パスワード、銀行口座、カード番号 は、誰のものであれAIに入れてはいけません。AIがそれを必要とする場面は、正当な使い方の中には存在しません(もし「AIに教えて」と求めてくる画面があったら、それは詐欺を疑う場面です)。
置きかえの実演 ― ダメな例と、いい例
線引きは、実物を見るのがいちばん早いです。
そのまま入れてはいけない例:
佐藤花子さん(78歳、〇〇市在住)が最近薬を飲みたがりません。娘の美咲さんに電話で何と説明すればいいでしょうか。
置きかえれば、堂々と相談できる例:
見比べてください。相談として大事な中身(薬を嫌がる・無理強いしたくない・家族への説明)は、何ひとつ削れていません。消えたのは「誰か」だけ。AIの答えの質は、これでまったく落ちません。AIが知りたいのは事情であって、戸籍ではないからです。
置きかえのコツは3つだけ。名前は記号に(Aさん・Bさん)、年齢はざっくりに(78歳→70代)、地名や施設名は役割に(〇〇事業所→通所先)。慣れれば10秒の作業です。
「自分のこと」は、どこまで話していい?
利用者さんの情報は預かりものですから慎重に。では、自分自身のことはどうでしょう。
自分の悩みや体調をAIに相談するのは、基本的に自分で決めてよいこと です。実際、誰にも言いにくい心配ごとを夜中にAIに聞いてもらう、という使い方に助けられている人はたくさんいます。ただしその場合も、住所・電話番号・口座・パスワードは書かない。相談に必要なのは事情であって連絡先ではない、という原則は自分相手でも同じです。
なお、多くのAIサービスには「入力内容を学習に使わない」設定がありますが、設定の場所や初期値はサービスごとに違います。いちばん確実な設定は「特定できる情報を最初から入れない」こと。この習慣さえあれば、設定画面に詳しくなくても守れます。
職場で使うなら ― 最後のひと押しは「職場のルール」
ここまでの線引きは、いわば一般常識としての最低ラインです。事業所や法人によっては、AI利用についてもっと細かいルール(使ってよいサービスの指定、記録業務での利用範囲など)が定められていることがあります。職場のルールがある場合は、必ずそちらが優先 です。まだルールがない職場なら、この記事の合言葉——「相談の中身は具体的に、人物はぼかす」——を、たたき台として会議に持ち込んでいただいてもかまいません。
ひとこと: 個人情報の線引きは、AIを遠ざけるための柵ではなく、安心して近づくための手すりです。「人物はぼかす、相談は具体的に」。この一行さえ守れば、AIは福祉の現場の、口の堅い相談相手になってくれます。
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