第1回で研究の箱を作りました。今回は、箱の1番目の部屋——文献ノート の話です。
文献はそれなりに読んでいるんです。でも書く段になると「あの概念を言っていたのは誰の何年の論文だったか」が出てこなくて、毎回検索し直しています。読んだのに、手元に何も残っていない感じがします。
それは記憶力の問題ではなく、置き場所の問題 です。読んだ文献に1枚ずつノートを作って、箱に住まわせましょう。文献は読んだ数ではなく、つながった数 だけ力になります。
型はひとつだけ ―「1文献1ノート」
やることはシンプルです。文献を1本読んだら、Obsidianにノートを1枚作る。 それだけを続けます。
ノートの置き場所は、第1回で作った箱の「文献ノート」の部屋。ノートの名前は 著者姓_年_短い題名(例:山田_2024_意思決定支援の類型)にしておくと、あとで並べたときに探しやすくなります。
中身の型は、これをおすすめします。
著者・発行年・題名・掲載誌・巻号頁(引用リストに使える形で正確に)
## 3行要約(自分の言葉で)
この論文は何を、どう調べて、何が分かったか
## 使えそうな引用(頁番号つき)
「……」(p.23)のように、あとで原稿に貼れる形で
## 自分の研究とのつながり
どこで使うか。賛成か、反対か、方法を借りるか
## この文献から伸びる問い
いちばん大事な欄は「3行要約」でも「引用」でもなく、「自分の研究とのつながり」 です。ここが書けない文献は、じつはまだ読めていません。逆に、ここさえ書いてあれば、半年後のあなたはこのノート1枚で執筆に戻れます。
[[リンク]]が「自分の研究の地図」を育てる
型の中に、Obsidianならではの仕掛けをひとつ入れます。ノートを書くとき、大事な概念や人名を [[意思決定支援]] のように二重角かっこで囲む のです。
これだけで、その語は他のノートへの リンク になります。まだリンク先のノートがなくても構いません。何本かの文献で同じ概念をリンクにしていくと、あるとき気づきます——「この概念、5本の文献から線が刺さっている。うちの研究の急所はここだ」。
Obsidianのグラフビュー(右上のボタンか、コマンドパレットで「グラフ」)を開くと、それが目で見えます。
文献リストは読んだ順の一覧にしかなりませんが、リンクは概念どうしの地図になります。先行研究の整理の節を書くとき、この地図がそのまま骨組みの下書きです。
そして思い出してください。この文献ノートの部屋は、第1回でGitのセーブ対象になっています。つまり 「いつ、どの文献を読んで、何を考えたか」が日付つきで積み上がっていきます。読書の記録を別につける必要はありません。
AIに要約を手伝わせる ― ただし主導権はこちら
ここでAIの出番です。論文PDFをAIに渡して、ノートの 下書き を作らせることができます。頼み方はこうです。
①目的 ②方法 ③主な結果 ④著者自身が述べている限界。
各1〜2文で。本文に書かれていないことは補わないでください。
あわせて、引用に使えそうな箇所を2〜3か所、頁番号つきで抜き出してください。
ポイントは「本文に書かれていないことは補わない」の一言です。AIは頼まれると、気を利かせて文脈を足してしまうことがあります(自信満々にまちがえるの回を思い出してください)。
そして、返ってきた要約は そのまま貼らずに、自分の言葉で「3行要約」に書き直します。面倒に聞こえますが、ここを省くとノートは「読んでいない文献の山」の別の形になるだけです。AIの要約は補助輪、漕ぐのは自分。「自分の研究とのつながり」の欄は、AIには書けません。
🚨 鉄則 ― AIが挙げた文献は「存在しない」扱いから始める
さて、今日いちばん大事な話です。強めにお伝えします。
AIに「この分野の主要な文献を教えて」と聞くと、著者名・年・雑誌名までそろった、それらしい文献リストが返ってきます。その中には、実在しない文献が混ざることがあります。実在する研究者の名前と、実在する雑誌名で、存在しない論文 をもっともらしく組み立ててしまうのです。AIは嘘をつくつもりがなく、「それらしい続きの文章」を作る仕組みだからこそ起きる現象です。
引用した文献が実在しなかった——これは研究者にとって、ただの誤字とはわけがちがう事故です。ですから鉄則はこうなります。
AIが挙げた文献は、原典をこの目で確認するまで「存在しないもの」として扱う。 確認できたものだけを文献ノートにする。ノートにない文献は、原稿で引用しない。
確認のしかたは難しくありません。
- CiNii Research や Google Scholar で、題名と著者名を検索する(国内の福祉系文献ならまずCiNii)
- 見つかったら、原典(本文かせめて抄録)を自分で読む。読んだらノートを作る
- 見つからなければ、その文献はこの世にないものとして扱う
順番を変えると、AIはとても良い文献探しの相棒になります。「探すのはAI、確かめるのは私、ノートにするのは確かめたものだけ」。この分担さえ守れば、レビューの下調べはずいぶん速くなります。
参考文献リストの整形も、ノートから
投稿間際のもうひと仕事、参考文献リストの整形(投稿先の書式に合わせる作業)もAIに手伝わせられます。ここでも順番が命です。AIに文献を挙げさせるのではなく、自分の文献ノートの「書誌情報」欄を渡して、並べ替えと整形だけを頼む のです。
材料は人間が保証し、形式作業はAIがやる。第2回の話は、ぜんぶこの一つの原則の言い換えです。
きょうのまとめと、次回
- 文献1本につきノート1枚。「自分の研究とのつながり」の欄がいちばん大事
- 概念や人名は [[リンク]] に。グラフビューが「自分の研究の地図」になる
- AIの要約は下書き。自分の言葉で書き直して、はじめてノートになる
- AIが挙げた文献は、原典を確認するまで存在しない扱い。 ノートにない文献は引用しない
ひとこと: 文献レビューのつらさの正体は、読む量そのものより、読んだものが手元に積み上がらない ことにあります。1枚のノートは小さな貯金です。10枚を超えたあたりで利息がつき始め、リンクがつながった瞬間に、はじめて「レビューを書く」が「地図を清書する」に変わります。
次回は、この特集でいちばん大事な回です。逐語録は、箱にもAIにも入れない。 質的データと個人情報の線引きを、正面から扱います。
あわせて読みたい:研究の材料が、あちこちに家出している(論文編①)/AIは、自信満々にまちがえる/〈道具編〉③ Obsidian
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