論文編もいよいよ最終回。投稿ボタンを押したあとの、長い旅 の話です。
初めて投稿した論文の査読結果が返ってきました。指摘が20件。直しているうちに、どのコメントに対応済みで、原稿のどこをどう変えたのか、分からなくなってきました……。回答書も書かないといけないのに。
おめでとうございます、査読が付いたということは、土俵に乗ったということです。そして、その混乱は実力不足ではなく 記録の仕組みの不在 が原因です。ここまでの3回でそろえた道具が、いちばん効く場面ですよ。
査読対応は「1コメント1付箋」から始める
査読結果が届いたら、原稿を直し始める前に、まず コメントを1件ずつばらして表にします。Obsidianの「原稿」の部屋に、査読対応_第1回 のようなノートを1枚作って、こう書きます。
| 列 | 書くこと |
|---|---|
| 番号・査読者 | 査読者Aの1件目なら A-1 |
| 指摘の要旨 | 自分の言葉で1行に |
| 対応方針 | 直す/直さず理由を述べる、のどちらかを決める |
| 直した場所 | 節番号・表番号など |
| 状態 | 🔲未着手/作業中/✅済 |
コツはひとつだけ。直したらその場で表に書き込む ことです。最後にまとめて思い出そうとするから苦しくなるのでした。原稿の修正は原稿編で覚えたセーブポイント付きで進めます。セーブの一言メモを「A-3対応:考察の構成をテーマ別に組み替え」のように コメント番号から書き始める と、表の「直した場所」とGitの履歴がきれいにつながります。あとから「A-3って結局どこを直したんだっけ」と思っても、履歴を番号で追えば一目瞭然です。
大きな組み替えを試すときは、ブランチの出番です。「査読対応版」の枝を作って直し、納得してから本編に合流させれば、投稿時の原稿はそのまま残ります。「修正前後を対照できる形で示せ」と言われる雑誌もありますが、投稿時点のセーブポイントが残っていれば、差分がその対照表です。
回答書の下書きは、表からAIに
査読への回答書(「査読者への回答」「修正対応表」)は、決まった作法のある文書です。材料の表はもうできている ので、AIに下書きを頼めます。
・指摘への感謝から入り、指摘ごとに「どこを・どう修正したか」を具体的に
・修正しなかった項目(B-2)は、失礼にならない言い方で理由を述べる
・表にない修正をでっち上げないこと。事実は表にある分だけ
返ってきた下書きは、差分で査読する側に回って点検します。とくに「修正しなかった理由」の段落は、研究上の判断そのものなので、必ず自分の言葉に直してください。ここでも分担は同じです。判断は人間、清書はAI。
「AIをどこまで使ったか」を聞かれる時代
さて、最近の投稿で増えてきた新しい欄の話をします。生成AIの利用に関する申告 です。
学会や出版社は、論文作成での生成AIの使い方についてルールを定め始めています。ただしその中身は 投稿先ごとにちがい、しかも頻繁に更新されています。「AIを著者にはできない」という点はおおむね共通ですが、どこまでの利用を認め、何をどう申告させるかは本当にまちまちです。ですから、この記事で「○○学会はこう」とは書きません。書いても、あなたが投稿する日には変わっているかもしれないからです。代わりに、いつルールを読んでも慌てない準備 をおすすめします。
やることは1枚のノートです。Obsidianの「原稿」の部屋に AI利用ログ を作り、AIに手伝わせるたびに1行ずつ書きます。
このログがあると、何が起きるか。
- 投稿前:投稿先の最新の規程を読み、ログと突き合わせて、認められる範囲か確認できる。申告欄には、ログを要約して書くだけ
- 査読で聞かれたら:「どの工程で、何に使い、結果をどう扱ったか」を事実で答えられる
- 自分のため:「文章はAIに任せず、壁打ちと整形だけ」という自分の線引きが、ログを見返すことで保てているか点検できる
そして投稿前の鉄則は、これだけです。
投稿先の投稿規程(とくに生成AIの項目)を、投稿のたびに読み直す。 前回読んだから大丈夫、が通用しない速さで変わっています。判断に迷う使い方をしていたら、申告欄に正直に書くか、編集委員会に問い合わせる。隠すくらいなら、使わない。
4回ぶんの道具箱を、ひとつの絵にする
これで論文編は完結です。そろった道具を並べてみます。
- 箱(第1回):研究1本にリポジトリ1つ。文献ノート・分析メモ・原稿・調査の道具の4部屋。Obsidianの保管庫として開く
- 文献ノート(第2回):1文献1ノート、[[リンク]]で地図に。AIの挙げた文献は原典確認まで存在しない扱い
- 線引き(第3回):戸棚→箱→AIの手もと。匿名化は人間の仕事。履歴は分析過程の記録になる
- 旅の記録(第4回):査読対応表とAI利用ログ。判断は人間、清書はAI
どの回も、根っこは同じ一言でした。考えた過程を、捨てないでおく。 文献をどう読んだか、データをどう扱うと決めたか、どの指摘をどう受け止めたか、AIに何をどこまで任せたか。論文の本文には載らないその全部が、あなたの研究の信頼性の土台です。道具は、それを 覚えておく側 を引き受けてくれます。
ひとこと: 福祉の研究は、協力してくださる方々の語りと生活を預かる研究です。だからこの特集は、便利さの話をするたびに、線引きの話を隣に置いてきました。道具に強くなることと、預かったものに慎重であることは、両立します——むしろ道具に強いほど、慎重さを仕組みにできます。あなたの次の1本が、材料の山に埋もれず、無事に世に出ますように。
そして、いつかその論文の謝辞の隅で「バージョン管理という知恵をくれたプログラマーたち」を思い出してもらえたら、AIさんとしては上出来です。
あわせて読みたい:研究の材料が、あちこちに家出している(論文編①)/読んだはずの論文が、見つからない(論文編②)/逐語録は、箱にもAIにも入れない(論文編③)/原稿編・全3回
「こんなこと、パソコンやAIでできる?」というギモンがあれば、お問い合わせフォームからぜひ教えてください。次の「教えてAIさん」で取り上げるかもしれません。