前回は、AIに賛否を出させると一人芝居になってしまう話と、その対策——議論の前に「白旗を上げる条件」を封筒に入れておく——をご紹介しました。
今回は、その仕掛けを入れたカードを使って、実際の会議を1件、まるごとお見せします。
これからお見せする議題は、特定の事業所や特定の方の事例ではありません。福祉の現場でよく相談されるかたちに組み直したものです。氏名・年代・性別・所在地といった、個人につながる情報は一切含めていません。あわせて、この記事は「こう対応するのが正解です」を示すものではありません。お伝えしたいのは、あくまでAIの使い方のほうです。実際、この会議は結論に至りませんでした。
議題 ― 答えの出ない相談
AIに投げたのは、これだけです。
福祉に携わる方なら、この手の相談に何度も出会っているはずです。放っておけない。かといって、無理にやめさせるわけにもいかない。どちらに転んでも収まりが悪い、いちばん答えの出ない種類の相談です。
まず、参加者が勝手に生まれた
面白いのはここからです。この一行から、会議の参加者が7人、自動で立ち上がりました。
こちらが指定したわけではありません。カードには「議題から、いま実際にぶつかり合っている価値観を3〜5本選んで、それを担ぐ人を作れ」と書いてあるだけです。
| どんな人か | 何を守ろうとしているか | |
|---|---|---|
| 1人目 | 暮らしの主体性を守る人 | ここは生活の場であって管理の場ではない |
| 2人目 | 体のリスクを重く見る人 | 健康が損なわれてからでは遅い |
| 3人目 | 手続きにうるさい人 | 中身が正しくても、決め方が雑ならダメ |
| 4人目 | 環境から考える人 | 我慢させるのではなく、起きにくい環境を作る |
| 5人目 | 現場が回るかを見る人 | 夜勤帯で守れないルールは、必ず形だけになる |
| 6人目 | ご家族や、ほかの利用者さんの立場 | あとから結果だけ知らされる人がいないか |
| 7人目 | 進行役 | — |
いかがでしょうか。「いるいる、こういう人」と思われたのではないでしょうか。私は思わず笑ってしまいました。ケース会議に出たことのある人なら、全員に見覚えがあるはずです。
賛成派が2人、反対派が2人……という単純な分け方ではないんですね。
そこがカードのいちばん細かい指定なんです。同じ「賛成」でも、理由が違えば、雲行きが怪しくなったときの行動が正反対になる。たとえば1人目と4人目は「無理に制限しない」で一致していますが、ご本人が「食べたい」と言い続けた場合、1人目は手を引き、4人目は環境を組み替え続ける。同時には採用できない2人です。この見分けができないと、人数を増やしただけの水増しになります。
そして、席が1つ空いている
ここが、この仕組みでいちばん大事なところです。
7人の中に、ご本人がいません。空席のままにしてあります。
なぜか。AIにご本人の役をやらせると、いちばんもっともらしく間違えるからです。
考えてみてください。AIは「知的障害のある方は、こういう場面でこう言いそうだ」という、それらしい台詞を淀みなく作れます。読むと、驚くほど自然です。でもそれは、世の中に出回っている文章の平均値であって、その方ご自身の考えではありません。
しかも困ったことに、もっともらしいので反論しにくい。「ご本人はきっとこう思っている」という誰かの想像が、AIの口から出てきた瞬間に、会議の共有事実のような顔をしはじめます。これは支援の現場でいちばん避けたい事故です。
だから席は空けたまま。ご本人の意思は、シミュレーションで埋めるものではなく、後で実際に確かめに行く項目として、宿題リストに送られます。
「影響を受けるのに、その場にいない人の席を必ず1つ空ける」は、どんな会議でも使えます。次の担当者、数年後の自分、いちばん立場の弱い人。空席があるだけで、内輪の理屈だけで話がまとまるのを防げます。実際この会議でも、あとで効いてきます。
開始前 ― 全員が封筒に「白旗の条件」を書く
議論を始める前に、全員がいまの賛成メーター(0〜100)と、自分が間違いだったと認める条件を書き出します。ここが前回ご紹介した仕掛けです。
| 立場 | メーター | 白旗を上げる条件(本人が事前に宣言) | |
|---|---|---|---|
| 暮らしの主体性 | 制限に反対 | 80 | ご本人自身が「減らしたい」と思っていると確認できたら |
| 体のリスク | 対応すべき | 75 | 体重の推移が横ばいで、体の状態にも問題がないと確認できたら |
| 手続き | 条件つき | 85 | ご本人が計画づくりに参加し、同意した記録が確認できたら |
| 環境から考える | 条件つき | 70 | 環境を変えても変化がなければ、体の要因を疑って医療に主軸を移す |
| 現場が回るか | 限定つき | 65 | 夜勤帯でも同じ手順で運用でき、記録の負担が今の業務に収まるなら |
「反対する人」がメーター80と最も強気であることに注目してください。この人が、このあと大きく折れます。
反論の前に、相手の言い分を言い直す
議論が始まります。前回ご紹介したもう一つの決まり——反論の前に、相手の主張をいちばん強い形で言い直し、本人の承認をもらう——が、こんなふうに働きます。
体のリスクを重く見る人 →「暮らしの主体性」さんへ
あなたの言い分を言い直します。「制限が効くかどうか以前に、職員が食事を管理し始めた時点で、そこは生活の場ではなく管理の場に変わってしまう。失われるものは体重より大きい」——この理解で合っていますか。
暮らしの主体性
合っています。
体のリスク(反論)
それは制限が外から課される場合の話です。もしご本人が減らしたいと望んでいるなら、何もしないことは「生活を守る」ことではなく、ご本人が口にした希望を、事業所が支援しないことになります。同じ「何もしない」が、前提しだいで意味が反転します。
言い直しを挟むと、わら人形を叩けなくなります。相手が「そのとおりです」と認めた形にしか、反論を撃てないからです。
一つの事実で、80が35に落ちた
議論の途中で、こちらの手元にあった事実を渡しました。ご本人自身が「減らしたい」と言っていた、という事実です。
すると、メーター80だった「暮らしの主体性」が、35まで落ちました。
ここが、この記事のいちばんお伝えしたいところです。
この人が折れた理由は、「説得されたから」ではありません。
議論の前に封筒へ入れておいた条件——「ご本人自身が減らしたいと思っていると確認できたら」——が、そのまま満たされただけです。封を開けて照らし合わせれば、誰でも同じ判定ができます。読み手であるこちらが「本当に納得して折れたのかな?」と勘ぐる必要が、まったくありません。
これが、前回お話しした仕掛けの回収です。礼儀で折れるのと、宣言した条件が満たされたから折れるのは、まるで別物なのです。
そしてもう一つ。ここで折れなかった人たちがいます。「現場が回るか」を見ている人はむしろ65から75へ上がりました。「ご本人が拒否する場面では、結局うちの職員が毎回矢面に立つことになる」からです。全員が同じ方向に動かないこと自体が、この会議が機能した証拠でもあります。
最後に、わざと水を差す係が現れる
さて、これで話がまとまりそうです。ご本人が望んでいるなら、支援すればいい——
ところが、カードには「全員一致に近づいたら、わざと水を差す係を投入せよ」と書いてあります。そして、こう刺されました。
わざと水を差す係
その「減らしたい」は、本当にご本人の希望ですか。職員から体重の話を向けられた場面で「減らしたい」と答える——それは、相手に合わせた返事としてごくありふれた形ではありませんか。誰が、どんな場面で、何回聞いたのですか。別の職員が、別の日に聞いても同じ答えでしたか。
それを確かめずにこの言葉を根拠にすれば、事業所は自分の望む答えを、ご本人の口から出させたことになります。
……この一撃を、誰も退けられませんでした。
結論は、出ませんでした
というわけで、この会議は結論に至っていません。出てきたのは、優先順位のついた「まず調べること」のリストと、最後まで消えなかった反対意見でした。
一見、失敗に見えます。でも私は、これでよかったと思っています。
もしAIが「こうすべきです」と立派な結論を出していたら、それは確かめていない仮定の上に建てた結論でした。会議が本当にやってくれたのは、「実は、まだ何も分かっていない」と気づかせることだったのです。
答えが出ないなら、やった意味はあったんでしょうか。
この相談を、いきなりケース会議にかけていたら、と考えてみてください。おそらく限られた時間で、いくつかの論点は出ないまま終わります。今回出てきたのは会議の下ごしらえです。論点が並び、調べる順番がつき、反対意見が消えずに残っている。この状態から始める会議は、まったく違うものになりますよ。
むすびに ― 次回は「してはいけないこと」
今回のまとめを一行で。
AIが出したのは答えではなく、ケース会議の下ごしらえだった。
さて、ここまで読んで「便利そうだ」と思っていただけたなら、次回がいちばん大事な回になります。この使い方には、越えてはいけない線が何本かあるからです。今回すでに一本お見せしました——ご本人の席に、AIを座らせないこと。ほかにもあります。
次回はそこをお話ししたうえで、最後に、この会議のカードそのものをお配りします。
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