AIに何かをお願いするとき、こんな経験はありませんか。
「チラシの文面を作って。あ、うちは福祉事業所だから堅すぎない感じで、文字は大きめで、専門用語は使わずに——」……先週も、先月も、まったく同じ前置きをした気がする。AIは物知りなのに、うちの事情だけは毎回忘れている。
今回は、この「毎回ゼロから説明」を卒業する仕組み、スキルのお話です。
この記事は、連載「AIに道具を持たせる」(全5回)の番外編です。最終回で、AIの持ち物の三点セット——道具・台帳・手順書——をご紹介しましたが、あのとき「隠れた主役」と呼んだ手順書の実物が、今回の主役。この記事だけでも読めるように書いています。
スキルとは ― 新人さんに渡す“レシピカード”
スキルとは、ひとことで言えば 「この仕事は、うちではこう進める」を書いたカードをAIに持たせておく仕組みです。
たとえるなら、厨房のレシピカード。腕のいい料理人(AI)は、たいていの料理を作れます。でも「うちの店の味」——だしは濃いめ、盛り付けはこの器、アレルギー表示は必ず添える——は、レシピカードがなければ毎回口頭で伝えるしかありません。カードを厨房に置いておけば、「いつものあれ、お願い」の一言で、いつもの味が出てきます。
しかも、このカードは賢くできています。厨房の引き出しにしまってあって、関係する注文が来たときだけAIが自分で取り出して読むのです。チラシの依頼が来たらチラシのカードを、書類の依頼が来たら書類のカードを。人間が「あのカード読んで」と言わなくても、です。
Claudeを作っているAnthropic社が提供している公式の仕組みで、英語のまま「スキル」と呼ばれています。正体は、手順を書いたただの文章ファイル(説明書きのフォルダ)。プログラムではないので、読めば人間にも普通に読めます。
スキルがあると、何がうれしいのか
レシピカード方式のうれしさは、3つあります。
- 毎回説明しなくていい —— 「うちは福祉事業所で、文字は大きめで……」の前置きが不要になります。お願いが一言で済む。
- 誰が頼んでも、同じ品質 —— カードに書いてあるとおりに進むので、頼む職員が変わっても、日が変わっても、仕上がりが揃います。ベテランの頼み方を、事業所の共有財産にできるということです。
- 良くなったら、直せる —— 「次からはここも足して」と思ったら、カードを1行直すだけ。口頭の伝承とちがって、改善が積み上がります。
お気づきでしょうか。これ、新人職員さんに業務マニュアルを整備するのと同じ話です。属人化していた「あの人の頼み方」を、文書にして引き継ぐ。相手がAIになっただけで、やっていることは現場のマニュアル作りそのものなのです。
実話 ― うちのスキルが生まれた日
「でも、そのカードを書くのが大変なんでしょう?」——ここからが今回いちばんお伝えしたいことです。実際のスキルの誕生秘話を、ほぼそのままお見せします。
始まりは、Webで見かけた1本の記事でした。「AIにデザインを頼むときは、目的・色・文字・避けたい印象……といった観点を先に整理して伝えるとうまくいく」という良い知恵。ただ、こういう記事、その場で「なるほど」と思っても、翌週にはどこで読んだかも思い出せなくなる——よくありますよね。
そこで私は、Chromeの拡張機能を使って、この記事を自分のノートに切り抜いて保存しておきました。
Webページの本文だけをきれいに切り抜いて、自分のノートに保存してくれる拡張機能があります(私は「Obsidian Web Clipper」という無料のものを、Obsidian(オブシディアン)というノートアプリと組み合わせて使っています)。広告やメニューを除いた本文だけが、あとから読み返せる形で手元に残る——連載第4回でお話しした「台帳を育てる」のいちばん手軽な入口です。ブックマークとの違いは、ページが消されても手元に残ること、そしてAIにファイルとして渡せること。拡張機能を入れるときの安全習慣は前回の番外編と同じ——提供元を確認してから、です。
さて、後日。ノートに貯めておいたその記事を、AIにそのまま渡してこうお願いしました。
(保存しておいた記事を渡して)この記事を読んで、スキル化できるものがあれば提案して。
読みました。これはスキル化する価値が十分あります。「画面をデザインして」のようなふわっとした依頼が来たら、先に数問だけ確認してから作り始める——という手順書にしましょう。福祉系サイトで大事な「見やすさ・読みやすさへの配慮」も、カードに最初から織り込んでおけます。作りますか?
「お願いします」と答えて、待つこと数分。カードはAI自身が書き上げました。私がしたのは、記事を切り抜いて貯めておいたことと、それをAIに渡したこと、「いいね、それで」と答えたこと——それだけです。
ちなみに、書き上がったカードを引き出しにしまう作業(セットアップ)まで、AIにお任せできます。連載第2回でご紹介した道具(MCP)——手元のファイルを扱う手やブラウザを操作する手——をAIが持っていれば、お願いにこう一言足すだけです。
「先に紹介してもらった道具(MCP)を使って、このスキルをClaude Desktopですぐ使えるようにセットしておいて」
すると、AIが置き場所を自分で調べて、カードを所定の引き出しに収めるところまでやってくれます。「作るのはAIでも、設定は人間が手作業で……」とはならないのです。難しいことは何もありません。
それ以来、「ホームページの画面を作って」とだけ頼めば、AIのほうから「どなたに向けたページですか? 避けたい印象はありますか?」と先に確認してくれるようになりました。以前は私が毎回思い出して伝えていたことを、今はAIが忘れずにやってくれます。
お気づきでしょうか。第4回で「調べて分かったことを、捨てずに書き残すことから台帳は育つ」とお伝えしましたが——切り抜いて貯めておいた台帳の1ページが、数日後、手順書(スキル)に育った。三点セットは、こうやってお互いを育て合うのです。
作り方 ― “作って”とお願いするだけ
というわけで、スキルの作り方は身も蓋もないほど簡単です。
「いま説明したこのやり方、次から覚えておいてほしいから、スキルにして」とAIに頼む。
これだけです。コツがあるとすれば、種になるものを渡すこと。種はなんでも構いません。
- 良い記事や資料 —— 「この記事のやり方、スキルにできる?」(今回の実話パターン)
- うまくいったチャット —— AIとのやりとりが良い感じに終わったとき、「今の進め方、次回もこのまま再現したいからスキルにして」
- 既存のマニュアル —— 「この業務手順書、AI用に直してスキルにして」
自分で白紙から書く必要は、ありません。マニュアル作りのいちばん大変なところ(書く作業)を、当のAIが引き受けてくれる——これがスキルの仕組みのいちばん面白いところです。
もらってくる、という手もあります
もうひとつ朗報を。レシピカードは、自分で作らなくても、人からもらえます。
スキルの正体はただのファイルなので、作った人が配れて、もらった人はそれを追加するだけで同じ“技”が使えるのです。実際に、
- Anthropic社(Claudeの開発元)自身が、公式のスキル集を無料で公開しています —— きれいな資料(Word・Excel・PowerPoint・PDF)を作るスキルなどは公式製で、すでに多くの人が使っています
- 世界中の利用者が、自作スキルを公開・共有しています —— 「議事録のまとめ方」「読みやすい資料の作り方」など、そのまま使えるものが日々増えています
もらえるのは嬉しいけど、拡張機能のときと同じで、変なものをもらっちゃわないか心配……。
いい勘です。前回の番外編と同じ安全習慣——「誰が作ったものかを確認してから入れる」が、ここでも大事です。まずは提供元がはっきりしている公式のスキル集から試すのがおすすめ。それと、スキルはただの文章なので、入れる前に私に「このスキル、何が書いてある?」と読ませて要約させることもできますよ。
なお、スキルを追加する場所や手順は、お使いのプラン・アプリの更新で変わることがあります(この記事は2026年7月時点の情報です)。連載でもお伝えしたコツをここでも——迷ったら、AI本人に「あなたにスキルを追加するには、どうすればいい?」と聞いてください。自分のことなので、いちばん正確に案内してくれます。
気をつけたいこと
スキルは手順を覚えさせる仕組みであって、金庫ではありません。利用者さんの氏名や健康情報といった個人情報を、スキルの中に直接書き込むのはやめましょう。カードに書くのは「進め方」だけ。個人情報の扱いは、お勤め先のルールに沿って、これまでどおり慎重に。仕事のAIに導入する際は、管理者への相談もお忘れなく。
むすびに ― 手順書に、実物があった
連載の最終回で、「同じお願いを2回したら、その頼み方を書き留めておく。それがもう手順書の種です」とお伝えしました。今回はその続き——書き留めた種を、AIが自分で読む正式なカードに育てる方法でした。
しかも、カードを書くのはAI。あなたがすることは、「今のやり方、覚えておいて」と声をかけることだけです。まずは、最近AIにした“長い前置き”をひとつ思い出して、「この前置き、毎回言わなくて済むようにスキルにして」から始めてみてください。
連載のほうもあわせてどうぞ:貯めた情報が動き出す ― “一覧にして”の一言で終わるまで(連載第5回)
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