第1回で仕掛けを作り、第2回で実際に会議を開いてみました。最終回は、いちばん大事な話です。
第2回を読んだ方から、こう聞かれそうな気がしています。
「それで、AIの結論どおりにしたんですか?」
していません。というより——AIは、何も決めていません。
AIが出したのは「決定」ではなく「材料」
会議から出てきたものは、大きく3つでした。順に、使い道をご説明します。
① まず調べることのリスト。 議論をしても答えの出ない論点は、たいてい「調べれば分かること」が抜けているだけです。会議はそれを、優先順位をつけて並べてくれました。しかも「これが分かれば議論の大半が不要になる」という順に。ここがいちばん実用的でした。
② ケース会議の叩き台。 論点が整理され、それぞれに「事実の問題/見通しの問題/価値観の問題」のラベルが付いています。会議の時間を、いちばん大事な価値観の問題に集中させることができます。
③ 消えなかった反対意見。 これが地味に効きます。
どんな方針も、数か月経つと必ず揺り戻しが来ます。「そもそも、あのやり方でよかったのか」と。そのとき、「その論点は検討済みです。こういう理由で、いったん退けました」と言えるかどうかで、組織の話の進み方はまるで変わります。反対意見を消した議事録は読みやすいのですが、数か月後の自分たちを助けてくれません。
越えてはいけない線 ― 3本
さて、本題です。便利な使い方には、必ず落とし穴があります。私が守っている線を3本、お伝えします。
線その1 ― ご本人の席に、AIを座らせない
第2回でお見せしたとおりです。当事者の役をAIに演じさせない。
AIは「こういう方なら、こう言いそうだ」という自然な台詞を作れてしまいます。読むと驚くほどもっともらしい。だからこそ危険で、誰かの想像が、AIの口を通った瞬間に、会議の共有事実のような顔をしはじめます。
ご本人の意思は、シミュレーションで埋めるものではありません。席は空けたまま、後で本当に確かめに行く。これが唯一の正解です。
線その2 ― 医療や専門の判断をさせない
第2回の会議でも、AIは体の状態について何も断定しませんでした。「調べる」と言っただけです。これは正しい振る舞いです。
議論の枠組みを整えることと、専門的な判断を下すことは、まったく別の仕事です。AIができるのは前者だけ。医療のこと、お薬のこと、法律の個別の判断は、それぞれの専門職の領域です。会議の形式が立派でも、中身の事実が正しいとはかぎらないことは、「AIは、自信満々にまちがえる」でお話ししたとおりです。
線その3 ― 出てきた結論を、決裁の代わりにしない
これがいちばん間違えやすいところかもしれません。
立派な議事録が出てくると、もう決まったような気分になります。でも、AIは決定権者ではありません。誰が決めるのか、何を制約とするのか、決めたあと戻せるのか——それを引き受けているのは、いつでも人間の側です。
正直なところ、AIに「こうすべきです」と言い切ってほしい気持ちも、少しあります。
わかります。でも、私が言い切れてしまう場面のほとんどは、あなたが制約を教えてくれていない場面なんです。人手はどれだけあるのか、いつまでに決めるのか、最悪どこまでなら許容できるのか——それを知らずに出した結論は、もっともらしいだけの当てずっぽうになります。だから制約が空欄のときは、私は結論を出さずに、枠だけをお返しします。
個人情報の線引きは、ここでも同じ
支援の相談をAIにかける以上、避けて通れない話です。あんしん編でお伝えした合言葉が、そのまま使えます。
議題は具体的に、人物はぼかす。
第2回の議題を思い出してください。「食べる量が増えて体重が増えている方がいて、量を減らすのも難しい」——相談として大事な中身は、何ひとつ削れていません。消えたのは、お名前・年代・性別・所在地といった「誰か分かる手がかり」だけ。それで議論の質はまったく落ちません。
Google のAIでも、できますか
このコーナーでは、なるべく手持ちの道具でできる方法もお伝えするようにしています。
結論から言うと、スキルという仕組みがなくても、かなり近いことはできます。大事なのはカードという入れ物ではなく、中に書いてある進め方だからです。Gemini をお使いなら、よく使うやりとりに指示を持たせておける機能(Gem やカスタム指示)に、次の3行を書き置きしておけば、ほぼ同じ効果が得られます。
②全員、議論を始める前に「自分が間違いだったと認める条件」を、後から○×がつく形で書いてから始めること。
③反論するときは、先に相手の言い分をいちばん強い形で言い直し、本人の承認を得てから撃つこと。
もちろん、その場かぎりのお願いとして毎回貼りつけても構いません。今日、手ぶらで試せます。
お配りします ― 会議のカード、そのもの
さて、最後に。この連載でご紹介した会議の進め方を書いたカード(スキル)を、そのままお配りします。
熟議シミュレータ(deliberation-sim)v1.0 ― zip形式
中身は、進め方を書いた説明文のファイルが数枚だけです。プログラムではないので、開けば人間にも普通に読めます。自由に使い、直し、配っていただいてかまいません(クレジット表示のみお願いする条件で公開しています。詳しくは同梱の LICENSE をご覧ください)。
入れ方に迷ったら、レシピカードの回でお伝えしたとおり、AI本人に聞くのがいちばん確実です。
中身を読ませてから入れる——もらいものを扱うときの安全習慣も、そのまま同じです。
むすびに ― 連載を終えて
3回を通じてお伝えしたかったことは、実はひとつだけです。
スキルは「作業を覚えさせる」ものだと思われがちですが、「考え方の作法を覚えさせる」こともできる。
チラシの作り方を覚えさせるのも、議論のなれ合いを防ぐ作法を覚えさせるのも、やっていることは同じ「カードを1枚書く」だけでした。しかも、カードを書いたのはAI自身です。
福祉の現場には、答えの出ない相談が毎日あります。AIはその答えを持っていません。でも、答えの出ない相談を、答えの出ない相談として正しく分解することは、けっこう上手にやってくれます。分解さえできていれば、あとは人が決められる。決めるのは、いつでも私たちの側です。
連載をここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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