AIの話をすると、福祉の現場ではいまも「私には無理」という声をよく聞きます。触ってみる前に、そう決めてしまう声です。その「無理」の正体をたどると、たいてい一枚の絵に行き着きます。黒い画面に、英語のような記号がぎっしり並んだ絵です。
その絵は、少し前までは本当でした。コンピュータに仕事を頼むには、その記号の言葉を覚えるしかなかったからです。でも今は違います。いまのプログラミングは、日本語で「こういうものがほしい」とお願いするところから始まります。 記号の言葉は、AIが代わりに書きます。
プログラミングって、英語みたいな記号を何年も勉強して、やっと書けるものですよね。私には無理です。
少し前までは、そうでした。でも今は、日本語で頼んでもらえれば、記号のほうは私が書きます。あなたに要るのは、何に困っていて、何がほしいかを言葉にすることだけです。
それって、いつか来る未来の話じゃないんですか。
いいえ。もう起きています。この記事も、そうやって作られました。順番にお見せします。
「民主化」は、ひと握りの人のものが、みんなのものになること
「民主化」は少しかたい言葉です。ここでは、ひと握りの人しか使えなかったものが、だれでも使えるものになること、という意味で使います。
身近な例があります。写真は、昔は写真館で撮ってもらうものでした。カメラを扱うのも、フィルムを現像するのも、専門の人の仕事です。いまはスマホで、だれでも撮って、すぐに見られます。文書も同じです。きれいな清書は、和文タイプを習った人に打ってもらうものでした。いまはパソコンで、だれでも書いて、直して、印刷できます。
写真の仕組みが簡単になったわけではありません。スマホの中では、昔のカメラよりずっと複雑な処理が動いています。変わったのは、使うための入口の高さです。プログラミングにも、これと同じことが起きました。
コンピュータは、外国語しか分からない腕のいい職人さん
コンピュータを、ひとりの職人さんにたとえてみます。計算も、並べ替えも、表づくりも、恐ろしく速く正確にこなす職人さんです。ただし、この職人さんは外国語しか分かりません。しかも、その言葉の文法が一か所でも違うと、仕事に手をつけてくれません。
この職人さんの国の言葉を、業界では プログラミング言語 と呼びます。冒頭の「英語のような記号」は、この言葉のことです。これまで、職人さんに仕事を頼みたい人は、その言葉を自分で勉強するしかありませんでした。
最初のころ(1940〜50年代)、職人さんの言葉は「0と1」の並びそのものでした。これを読み書きできたのは、ひと握りの研究者や技術者だけです。そのあと、英語に少し似た言葉が作られて、勉強すればだれでも書けるようになりました。それでも、多くの人にとって壁はまだ高いままです。福祉の現場で「プログラミング」と聞いて浮かぶのは、この二段目の壁でしょう。
三段目が、いまです。2020年代に入って、日本語でお願いすると、AIがその中身を職人さんの言葉に書き直してくれるようになりました。壁は、ひざの高さまで下がっています。
同じお願いを、二つの言葉で並べてみる
違いを、目で見てもらいます。「名簿の中から、今月が誕生日の人だけを選んで並べる」という仕事です。職人さんの言葉(Python というプログラミング言語)で書くと、左のようになります。
左は、点ひとつ、かっこひとつ抜けても動きません。行の頭の空白の数まで決まっています。右は、同僚に頼むときの言葉そのものです。「誕生日が今月の人を出して」と言い方を変えても、ちゃんと通じます。
職人さんがする仕事は、左でも右でも同じです。違うのは、頼む人が覚えなければならないことの量だけ。
AIは、あいだに入った通訳さん
では、右のお願いはどうやって職人さんに届くのでしょうか。あいだに、通訳さんが入るようになったのです。
通訳をしているのがAIです。あなたが日本語で頼むと、AIがそれを職人さんの言葉に訳して、コンピュータに渡します。裏では、いまもプログラムが書かれています。職人さんの言葉がなくなったわけではありません。書く係が、人からAIに代わったのです。
この通訳さんには、もう一つありがたい性質があります。分からないところを聞き返してくれることです。「名簿はどんな形ですか」「誕生日は月だけですか、日付まで入っていますか」。こう聞かれたら、答えるだけで話が進みます。
「これから」ではなく、「もう起きている」
ここまで読んで、「それは将来の話でしょう」と思った方もいるはずです。いいえ、もう起きています。いちばん近い証拠は、このサイトです。
教えてAIさんのコーナーには、もちものチェッカーや冷凍庫チェッカーというアプリが置いてあります。どちらも「こういうものがほしい」という日本語のお願いから、AIがプログラムを書いて形にしたものです。ボタンを押すと図が切り替わるページも、依頼文に「ボタン」の字は一つもありませんでした。
そして、この記事そのものもそうです。河原さんがAIに送ったのは、次の文面でした。
飾りのない、ふつうの文です。この一通から、記事の文章と、ここに並んでいる6枚の図ができました。
図は、SVG という「絵を描くための職人さんの言葉」で書かれています。たとえば、人形の顔の丸は <circle cx="0" cy="26" r="34" />(丸の中心の位置と、半径)という一行です。こういう行が、図1枚につき50〜90行ほど並んでいます。頼んだ側は、その一行も書いていません。
依頼文には「起ころうとしている、というより、もう起きている」とあります。その言葉どおりのことが、この記事の作られ方の中で起きています。
民主化のあとも、人の仕事は残る
誤解してほしくないことがあります。日本語で頼めるようになっても、全部をAIに任せられるわけではありません。
一つめは、何を作るかを決めることです。現場で何に困っているのか。どんな道具があれば、朝の送り出しが楽になるのか。それを知っているのは、毎日現場に立っている人です。AIは頼まれたものを書くのは得意ですが、何が困りごとなのかは教えてもらわないと分かりません。
二つめは、確かめることです。AIが書いたプログラムは、動かなかったり、こちらの意図と違ったりすることがあります。だから、動かしてみて、違う所を見つけて、「ここは違う、こうしてほしい」とまた日本語で頼みます。この往復は、新人さんの仕事を見て声をかけるのと変わりません。
三つめは、渡してよい情報を選ぶことです。利用者さんの名前や病気のことは、AIに渡しません。図の例に「名簿」を使いましたが、試すときは架空の名前で十分です(くわしくはAIに話していいこと、いけないこと)。
こうして並べると、民主化で手に入ったのは「プログラムを書く力」ではありません。頼めば書いてもらえる立場です。その立場をいちばん生かせるのは、現場の困りごとを言葉にできる人です。福祉の仕事をしている人は、毎日それをやっています。利用者さんの様子を記録に書き、申し送りで同僚に伝える。あの力が、そのまま入口の鍵になります。
Gemini でも ChatGPT でも、入口は同じ
例に挙げたのは Claude で作ったものですが、Google の Gemini でも、ChatGPT でも同じことができます。どれが賢いかの差ではありません。差がつくのは、何を頼み、何を確かめたかです。
作ったものを、その場の画面で動かして見せてくれる仕組みも、それぞれにあります。呼び名はサービスごとに違い、Claude では「アーティファクト」、Gemini では「Canvas」と呼ばれています(2026年11月時点)。Gemini なら、入力欄の「+」から「Canvas」を選んでから頼むと、右側に作ったものが表示されます(くわしくはGemini Canvas の回)。名前も場所も時期で変わるので、見当たらなければ「画面で動かして見せて」と頼んでください。
今日ためすなら ― 3分タイマーを頼んでみる
最初の一回は、仕事の書類から離れた、小さな道具がおすすめです。利用者さんの情報も使いません。たとえば、こう頼んでみてください。
返ってきたページで、スタートを押してみてください。動けば、それがあなたの頼んだ最初のプログラムです。数字の色を変えたい、1分にしたい。そう思ったら、また日本語で頼めば直ります。
「私には無理」かどうかは、この一往復のあとで決めても遅くありません。